『捨て色』のヒミツ

ユニクロなどの売り場で、「こんなド派手なシャツを誰が買うんだ」みたいな商品を見たことがありますよね? 私はそんなシーンで、「世の中には、こんな奇抜な服を着る変人もいるんやなぁ~」などと勝手に思い込んでいましたが、先日アパレル業界の人の話を伺って、実はそうではなく、『ある戦略』に基づいて行われているということに気付かされました。

店側は、派手な色は売れないことを知っていながら、「わざと売れにくい色を売れ筋の定番色の中に混ぜる」ことで、「より一層定番商品が売れる」ことが、大きな理由なのだそうです。

売れない色や形の商品をわざと店頭に並べるのはアパレル業界では常識で、このような色を『捨て色』と呼んでいます。服に限らず、人はモノを購入するシーンにおいて、必ず別の商品と比較をして、意思決定を行う心理的習性を持っている…とのこと。

物事が思うようにいかなかったり、テストで点数が取れなかったりしたときに、自暴自棄になって、「自分なんかどうせ、いてもいなくてもよい存在だ」なんて投げやりになってしまった経験はないですか? そんな時は、「今回は捨て色になって、奴らに花を持たせてやったぜ!」なんてつぶやいて、心を落ち着かせることもアリなのかもしれませんね。(^o^;)

「一流人」の条件とは?

今はなき野村克也元監督の座右の銘に、「金を残すは三流、名(業)を残すは二流、人を残すは一流」という有名な言葉があります。長い人生の終わりにその人が何を残すか…ということで、真の人格がわかる。なかなか含蓄のある言葉だと思います。

お世話になっている教材会社社長のコラムに以下のようなフレーズがありました。「私は時々教材の展示会でビジネスホテルに泊まることがあります。以前はホテルを出るときには使った寝間着やスリッパ・タオルなどは無造作に至る所に放置していました。ところがある時、何かの本で『一流の人か否かは,ホテルに泊まった後の部屋の様子を見ればわかる』という文章に出会いました。言われてみれば確かにその通りで,もし私がホテルの清掃スタッフだったら、部屋に入った瞬間、『その人の魂のグレード』のようなものを感じ取ることでしょう。(中略)むしろこのようなところにこそ,その人の人格のレベルが表れるような気がします。」

子どもの頃に祖母によく、「お行儀が悪い!」と言って叱られました。「お行儀」を、英語に訳すと「マナー」とかになるのでしょうが、日本語はそんな浅薄なものではなく、「誰もいないところでの人の立ち振舞」なども含めた、奥深い意味を秘めている…と考えます。

きれいな水に、魚は住めない

ちょっと前のコラムで、「ストレスがある人は、幸せな人」というお話しをしました。日本の養殖魚が天然魚並みに質の良い理由は、漁網にわざと天敵を入れて、あえてストレスを与えるから…という内容です。真珠は、貝に入った異物のおかげでできる産物であるという話も…。

ところでみなさんは、「海」といえばどんな風景が浮かびますか? 日本海の荒波、それとも南太平洋の島々の透き通った海でしょうか? おそらく、「青くて透明(マリンブルー)の海」を浮かべる人が多く、「濃い緑色の海」と答える人は少ないと思います。

日本のおいしい魚の多くは、瀬戸内海のような濃い緑色の海で捕れます。お世辞にもきれいとは言えないこの緑色の海の水は、魚にとって栄養価の高いプランクトン類をたくさん含んでいます。加えて、山地が近い瀬戸内海などは、川から流れてくる豊富なミネラル分にも恵まれ、おいしい魚が育つ条件がそろっている…というワケ。反面、南太平洋のような透き通った海は、「海の砂漠」のようなもの。魚たちにとっては、生きるのが過酷でツラ~い場所だそうです。

人生の中では、きれいなものより汚いものを見る機会が多い。悩みのない人より、悩める人が多い。だからこそ、人はたくましく成長できるのだと思いませんか?